Mr.Childrenの新しい音が詰まった名盤「SOUNDTRACKS」
その中で、彼らが今だからこそ鳴らせる、芳醇な味わいを感じる楽曲がある。
それが、「others」だ。
「others」に見る男の苦悩
この楽曲は様々な解釈ができる難解でもあり、終わる事やサウンド的な多幸感に溢れる楽曲となっていると感じている。
大前提として「others」が映し出す風景は、男女の恋愛の一場面の様子が描かれている。
そんな景色の中で僕が解釈した、もう一つの心情描写。
それは、主人公である男性の不能の意だ。
そんな事をこの名盤の中に入れるかと思う方もいるかもしれないが、歌い手自身が「男性として終わる事」といった風に、雑誌等のメディアでもはっきりと発言している。
ならば単刀直入に。
この「others」の中で描かれている一場面は、男性として不能になること。
自分の中で自信が無くなり、不安を抱える男性の心情を表した楽曲だと解釈する。
その結論に至るまでの仮説として、歌詞での表現にある。
「何が起こったの」
「考えたくない」
主人公は一体、何に戸惑っているのか。
歌詞を見る限り、相手の女性と決定的な出来事があった描写は、歌詞中の他場面には登場しない。
つまり「愛し合っているその瞬間」に、主人公にとってショックを持って描かれる様な出来事があったと想像できる。
歌詞を紐解いていこう。
まずこの歌の甘く繊細で、小さく甘美な世界観を作るひとつの要素。
ベッドサイドに置いてあるであろう、グラスの硬い氷。
硬い氷は溶け 身体中を滑る 2人の熱で
この表現には、「硬い」という文字が使われている。
「かたい」という表現をする際、主に常用漢字では3種ほど種類がある。
「固い」又は「堅い」は、主に心情だったり信用を表現する場合が多い。
対して今回使われているこの「硬い」
これは主に、物質的な硬さを表す際に用いられる場合が多い。
当然歌詞の様に、または飲料の宣伝で爽やかさを想起させる様に、氷の表現であることは間違いないだろう。
ベッドサイドに置いてある酒、そんな景色が目に浮かぶ。
しかしこの氷、僕は男性の象徴を表現していると思っている。
つまり「固い氷は溶けてしまった」という事。
過去の彼も歌詞の中で、こんな風に言っていたことがあった。
ちぢみあがった魂 ひなびたベイビーサラミ もう一度フランクフルトへ
身体中を滑っているのは、所謂入っていかない、といった表現であろう。
そして次の歌詞。
何が起こったの?しばらく何も考えたくない
窓の外の月を見てる。
男性にとっては考えたくない様な事が起こり、不安で窓の外の月を仰いでしまう
。
月には、人間が不安な際に当たり前にそこにある物を感じ安息を得る効果があるとも言われている。
主人公は今まさに終わってしまった事に対し、驚きとショックを抱えていると僕は解釈している。
続いての歌詞だ。
まるで近未来の映画のよう
アンドロイドが 感情なんかなく
ただ互いのエネルギーを 吸い合うように
ここはあまり直接的に書く事が憚られる為、柔らかな景色を想像してもらう程度に留める。
ベッドを共にする関係性の2人は、交わることができなかった。
しかしこの時間に、互いに意味のある事はしたい。
であればする事と言えば、感情が深く入らず機械的に互いを吸い合うような行為。
「何か」が起こった後にそんな形で行為が終われば、深く考えられなくて気まずさでビールを口に運ぶ心情も理解できる。
僕はこの
「しばらく何も考えたくない 」
「気まずさでビール口に運んだ」
この部分の歌詞が引っ掛かり、この解釈に至った。
桜井さんはテレビのインタビューなどで、
自分達は環境に恵まれ、足りないバンド
他の実力があるアーティストと比べ、もう叶わない、諦めるのだけは上手いといった風に現在の心境を表現している。
歌の中の主人公は、男性として終わりを迎えつつある。
年齢、キャリア、立ち位置、人生…
実際、桜井和寿本人が置かれている環境が、こういった心情の主人公を投影させているのではないだろうか。
そしてベッド周りの小物によって、女性が「他に」繋がりを持っている男性像がこれでもかと美しく強烈に表現される。
テーブルの上の灰皿
アメリカ史紐解く文庫本
この2節だけで、もう一人の男性の理想的な姿が想像できる。
彼女には、自分では満たせない「他の」存在がいる。
そして彼女からすれば、そんな自分もきっと「他の」存在。
そんな、今まさに「終わり」を迎えた男性。
だからこそ男性のそろそろ行くねというの一言に、女性は無駄のない動きを見せる。
最後に繰り返される歌詞。
何が起こったの?
このまま何も考えたくない
25時の首都高に輝く 窓の外の月を見ている
25時という表現は、日常生活でそう使う事は多くない。
これはつまり、24時間が「終わった」後。
この時刻が、主人公の「終わり」を暗喩している。
しかし一瞬でもその時間、一瞬を分けてくれた大切な人を、主人公は慈しんでいる。
サウンドは穏やかな光とカタルシスをもって、光の中に消えていく。
「SOUNDTRACKS」とサルバドール・ダリの関係性
サルバドール・ダリ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%AA
ここからは余談になるが、僕自身がこの「溶ける氷」のイメージを閃いた人物がいる。
それはこの作品の1曲目である「DANCING SHOES」に登場する「サルバドール・ダリ」からだ。
「記憶の固執」 出典:Artpedia 近現代美術の百科事典 【作品解説】サルバドール・ダリ
https://www.artpedia.asia/dali-the-persistence-of-memory/
この絵画は、芸術家であるダリの有名な作品「記憶の固執」だ。
物質として「硬い」はずの時計が曲がった表現。
思えばこの「SOUNDTRACKS」も時の流れを表現している。
これは偶然なのか。
このアートには3つの時計が描かれている。
それぞれ3つの時計の時間は異なっており、現在の記憶と過去の記憶が入り乱れる夢の時間の状態、所謂無時間を表現しているそうだ。
「SOUNDTRACKS」で時間の流れが描かれているのも
光が差し込む「Brand new planet」
夕暮れの終わりが示唆された「Documentary film」
終わった後「others」だ。
そしてあの部屋が登場する楽曲はもう一つ。
ダリが歌詞中に登場する「DANCING SHOES」だ。
このMVは、先ほどの時間の流れが判別できた三部屋とは異なり、時間もわからない様な真っ暗闇から始まる。
これは、無時間の表現なのだろうか…?
そして更に調べていくと、「柔らかいものと硬いもの、不安と欲望の同時表現」であったり「ダリの性的な不安と欲望を表現」しているという説がある。
柔らかい物と硬い物、そして性的な不安表現
そう、先ほどの「others」にも繋がるイメージだ。
ダリは幼いころに受けたショッキングな出来事で、男性機能が正常ではない状態になったそうだ。
その為、柔らかいに対し非常にコンプレックスや不安を感じている心情が、他の作品にも表れている。
彼のアートでは、本来固い物が柔らかく、柔らかい物が固いという表現がされており、これは性的恐怖からきているとも言われているそうだ。
ダリの外見的特徴である髭。本来柔らかい筈の髭を、水あめで固めていると発言している。
「電気椅子」 アンディ・ウォーホル作 出典:This is mediahttps://media.thisisgallery.com/works/andywarhol_10
桜井和寿がアート作品から着想を得る事は、上記の電気椅子をモチーフとした「深海」のジャケにしろ、決して珍しい事ではない。
こういった世界観からもインスパイアされてもおかしくは無いと考える。
しかしもちろん「others」は、こんな深読みをせずとも単純に美しい描写だけ感じて浸る事もできる素晴らしい楽曲だ。
MVの最後に描かれる光が差してくる部屋。
僕は「innocent world」の陽の当たる坂道、そして「memories」にも繋がっているのかなとも感じている。
大人のサウンドを奏でられる今だからこそ、この「others」の芳醇で甘美な世界観とサウンドは、今日も僕たちに極上の時間、そして余韻を与えてくれる。
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